鳥居をくぐると、子供達が遊べる広場になっていました
一つ目の階段を登ると、神楽殿・・そして何故か駐車場
北沢八幡神社は、室町時代中期・文明年間(1469〜87)
世田谷北辺の守護神として吉良家によって
勧請されたもので、世田谷七沢八八幡の一つ
八社随一の正八幡宮と伝えられます
その後、吉良家の八代240年の歴史が終わり
徳川家の世になると、八幡宮の隣に
葵の紋の森巌寺が建てられ、別当となりました
森巌寺の兼務は昭和6年まで続き
その間、時の領主から黒印状を貰いましたが
みな森巌寺宛だったといいます |
2つ目の階段を登った正面に社殿・・・勿論狛犬も
ただ、随分離れて鎮座していました
右のほうに目をやると、お稲荷様が(高良玉垂社)
左に目をやると・・・・・
小さな社が沢山!?
円海稲荷社・産土社・弁天社・野屋敷稲荷社・愛宕稲荷社・稲荷社
何故ここに、集まっているのかは・・わかりませんでした
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